教育法規あらかると

2018年8月2日更新

教育法規あらかると 第84回

大川小学校訴訟の高裁判決

 去る4月26日、仙台高裁は、大川小学校訴訟で、宮城県石巻市と宮城県の違法を認定し、1審判決より約1000万円多い総額14億3617万円の損害賠償の支払いを命じた。本件は、東日本大震災の津波で児童74人と教員10人が犠牲となった事故について、児童23人の遺族が市と県を相手に総額23億円の損害賠償を求めた民事訴訟である。

学校に高い防災水準を求める

 まず、一審判決から見ておこう。仙台地裁判決(2016年10月26日)は、市のハザードマップでは、大川小が予想浸水区域外となっていたことなどから、教員らが学校に津波が到来し、児童に危険が及ぶ事態を予見することは困難と判示した。ただ、市の広報車による津波の到来と避難の呼び掛けを聞いた段階で、教員らは津波の到来を予見できたにもかかわらず、児童を学校の裏山に避難させないで、堤防道路の高台に移動させようとして死亡事故を招いたことについて、結果回避義務を怠った過失があると認定し、石巻市と宮城県に総額約14億円の損害賠償を命じた。

 これに対し、二審判決は、学校の安全確保義務を重視し、事前の防災体制の是非に踏み込んだ判断をしている。判決のポイントは、次の3点。

 第1は、津波の予見可能性。高裁判決は、(1)ハザードマップで示された津波浸水域予測には、相当の誤差があることを前提として利用する必要があったこと(2)地震で堤防が損壊し、大川小を浸水させる危険があることを示唆する知見等を総合的に検討すれば、大川小が津波被害を受ける危険性があったこと──等を指摘し、「校長らが予見することは十分可能だった」と判示している。
 また、判決は、ハザードマップは児童生徒の安全に関わるものであるから、教師は独自の立場からその信頼性を検討することが求められるとし、「校長らが安全確保義務を遺漏なく履行するために必要とされる知識と経験は、地域住民が有していた平均的知識や経験よりもはるかに高いレベルのものでなければならない」と判示している。

 第2は、安全確保義務。判決は、(1)校長は、危機管理マニュアルにおいて、津波が予想される地震が発生した場合の避難場所、避難経路、避難方法を定めておくべき義務を負っていたにもかかわらず、マニュアルには、避難場所を「近隣の空き地・公園等」と記載するのみで、避難経路や方法について記載がなかったこと(2)市教委は、マニュアルが地域の実情や児童の実態を踏まえた内容であるかを確認し、不備があるときは是正を指示・指導すべき義務があったが、確認をせず、是正指導もしなかったこと──等を挙げ、「校長らは安全確保義務を怠った」と判示している。

 第3は、被害の回避。判決は、被災児童は、堤防道路の高台に向けて避難を開始した直後に津波に襲われたが、マニュアルに避難場所として「バットの森」(大川小から約700メートル離れた市有林)と記載してあれば、「津波による被災を回避できた」と判示している。

 東日本大震災では、誰もが想定し得なかった大津波が来襲している。大川小の近隣の釜谷地区の住民の死亡率が84%であった事実から見ても、学校が津波来襲を予見し、確実な避難をすることが、いかに困難であったかが分かる。
 その点、高裁判決は学校に厳し過ぎる。判決はハザードマップの浸水予想区域を予見可能性の基準としていない。防災専門家が各種データにより検討して作製したハザードマップに基づいた学校の防災計画を不適切と断ずることは受け入れ難い。学校には高い防災水準が要請されるとしても、専門家が作製したハザードマップを超えるほど高いレベルの知識や経験の修得を教員に求めることは現実的でない。5月10日、石巻市と宮城県は最高裁に上告した。最高裁において適正な判断が下されることを期待したい。

国立教育政策研究所名誉所員 菱村幸彦
出典:内外教育 2018年6月1日号

バックナンバー

2018年7月12日
第83回 性教育の適否~指導要録違反の断定は難しい~
2018年6月21日
第82回 デジタル教科書導入の改正法案~視覚障害等では全面使用も認める~
2018年6月7日
第81回 交流・共同学習の推進~障害者基本法と指導要領で定める~
2018年5月24日
第80回 「自画撮り」被害防止で条例改正~送付勧誘行為を罰則付きで禁止法~
2018年5月10日
第79回 特別免許状による英語専科教員~教育職員検定の内容と方法~
2018年4月19日
第78回 “ブラック”校則の見直し~生徒指導における紀律の重要性~
2018年4月5日
第77回 努力義務規定あれこれ―番外編―~法的強制になじまない場合など~
2018年3月22日
第76回 「給特法」見直しの行方~考えられる三つの選択肢~
2018年3月8日
第75回 性的マイノリティーに対する差別~セクハラ指針に「性的指向」追加~
2018年2月22日
第74回 教員が生徒を現行犯逮捕~刑事訴訟法で定める「私人逮捕」~
2018年2月8日
第73回 「キッズウィーク」の設定~政令で休業日の分散化を規定~
2018年1月25日
第72回 110年ぶりの刑法大幅改正~性犯罪の厳罰化と親告罪の撤廃~
2018年1月11日
第71回 共同学校事務室の制度化~事務の効率化と人材の育成~
2017年12月14日
第70回 法律から見た「非正規教員」~新たに会計年度任用職員を創設~
2017年11月30日
第69回 社会教育法の改正~「地域学校協働活動」を法律に明記~
2017年11月9日
第68回 自画撮り被害の防止~不当な手段による勧誘行為の禁止~
2017年10月26日
第67回 教育長・教育委員の除斥~職務の公正な執行を保障する措置~
2017年10月11日
第66回 「地毛証明書」の是非~髪形規制は最高裁も是認~
2017年9月28日
第65回 「教育勅語」教材使用の是非~教育勅語の活用を促す考えはない~
2017年9月14日
第64回 雪崩遭難事故の法的責任~業務上過失致死傷罪も視野に~
2017年8月30日
第63回 私立学校設置の認可~事前審査で不認可のリスクを防ぐ~
2017年8月17日
第62回 児童ポルノの禁止~持っているだけでも処罰~
2017年8月3日
第61回 法的視点から見た新指導要領案~指導要領の基準性は変わらない~
2017年7月20日
第60回 部活動指導員の制度化~部活動業務をどこまで委ねるか~
2017年7月6日
第59回 義務教育機会確保法の制定~見送られた「みなし規定」の導入~
2017年6月22日
第58回 議員立法はいかに制定されるか-番外編-
2017年6月8日
第57回 教育公務員特例法の改正~キャリアステージに応じた能力育成~
2017年5月25日
第56回 学校内でのいじめ情報の共有~担任教員の抱え込みは法律違反~
2017年5月11日
第55回 学校における旧姓使用の是非~流れは選択的夫婦別姓制に~
2017年4月20日
第54回 高校生の自殺に災害共済給付~「強い心理的な負担」がある場合~
2017年4月6日
第53回 スクールロイヤーの導入~いじめの対応に法律家のサポート~
2017年3月23日
第52回 「いじめの定義」の見直し~多様ないじめをどう把握するか~
2017年3月9日
第51回 教育課程管理とカリキュラム・マネジメント~法的視点より経営的視点を重視~
2017年2月23日
第50回 発達障害児への支援~高校にも通級指導を導入~
2017年2月9日
第49回 法律から見た「部活動」~部活動指導は教員の本務~
2017年1月26日
第48回 教科書の採択替えで省令改正~不公正な行為の抑止力となるか~
2017年1月12日
第47回 常用漢字と教育漢字~戦前の8割まで戻った教育漢字~
2016年12月15日
第46回 PTA加入の任意性~法的に「強制加入」は認められない~
2016年12月1日
第45回 教科書会社に公取委の調査~謝礼金は「不公正は取引方法」か~
2016年11月17日
第44回 教科書謝礼金問題で文科省通知~問われる教員の服務義務違反~
2016年10月26日
第43回 高校生の政治的活動への制約~届け出制は合理的制約の範囲内~
2016年10月13日
第42回 問題の多い株式会社立高校~収益優先で不適正な学校運営も~
2016年9月29日
第41回 カウンセラーの国家資格~公認心理師試験の受験資格を限定~
2016年9月8日
第40回 「組み体操」の規制~本来、教委が判断すべきこと~
2016年8月25日
第39回 私学行政を教委に移管~私学の自主性を損なうとの反対も~
2016年8月3日
第38回 教科書発行者の指定制度~虚偽報告には指定取り消しも~
2016年7月21日
第37回 目的規定と趣旨規定-番外編-
2016年7月7日
第36回 ストレスチェックの義務化~メンタルヘルス不調を未然に防止~
2016年6月22日
第35回 高校の通級指導~遅れている高校の特別支援教育~
2016年6月9日
第34回 教科書採択をめぐる不祥事~白表紙本の配布行為を禁止~
2016年5月26日
第33回 教育の政治的中立に関する法制~教員に対する四つの法的規制~
2016年5月12日
第32回 病気療養児の教育~特別支援学校への転学措置も~
2016年4月21日
第31回 教科書採択の構成確保~独禁法の規制と文科省の指導~
2016年4月7日
第30回 いじめで小学生から指紋採取~捜査機関も勝手に指紋は採れない~
2016年3月24日
第29回 子どもの貧困対策に関する法律~貧困の連鎖を断ち切る学校の役割~
2016年3月10日
第28回 「常識」に沿った最高裁判決~保護者の賠償責任に歯止め~
2016年2月25日
第27回 部活事故と教員個人の責任~損害賠償は加害者への制裁ではない~
2016年1月28日
第26回 川崎市少年殺害事件・余聞~「文科省は綺麗事を言う」は誤解~
2016年1月7日
第25回 補助教材の「適正使用」通知~教委による適正な管理を要請~
2015年12月17日
第24回 不適正な「校内人事」~イデオロギー対立の残滓~
2015年12月3日
第23回 「夜間中学」の拡充~義務教育未修了者の教育機会の拡充~
2015年11月19日
第22回 教育法令にみる「協議」─番外編─~合意を含むかどうかは法律による~
2015年11月12日
第21回 いじめ防止法と改正地教行法~一体的運用で、より実効的に~
2015年10月29日
第20回 持続可能な開発のための教育~教育基本計画と指導要領にも~
2015年10月15日
第19回 公設民営学校の制度化~設置者管理主義の例外を容認~
2015年10月1日
第18回 「学校統合」指針の見直し~統廃合に関する二つの通達~
2015年9月17日
第17回 学習指導要領の要件~共通性と多様性の調和を図る~
2015年9月3日
第16回 校長による集団的自衛権反対署名集め~法令違反は微妙だが慎むべき行為~
2015年8月13日
第15回 免許外教科担任の許可~単なる持ち時間数調整は認めない~
2015年7月30日
第14回 「基礎定数」と「加配定数」~課題対応で加配定数が累増~
2015年7月9日
第13回 「勤務評定」から「人事評価」へ~評価の客観性と透明性を高める~
2015年6月25日
第12回 性同一性障害への対応~本人の自認する性別で受け入れ~
2015年6月11日
第11回 小中一貫教育の制度化~地方のイニシアチブによる学制改革~
2015年6月4日
第10回 国会審議に見る「総合教育会議」~問題は協議の調わない場合の扱い~
2015年5月28日
第9回 小学生の柔道事故に有罪判決~未熟者の傷害発生は予見可能~
2015年5月21日
第8回 教科書無償法の改正法が成立~地区内の同一採択を義務付ける~
2015年5月14日
第7回 京大で飛び入学を導入~優れた資質を持つ者の例外措置~
2015年5月7日
第6回 食物アレルギーの救命措置~エピペン注射をためらわない~
2015年4月30日
第5回 体罰で教員を刑事告発~懲戒行為でも違法性を阻却しない~
2015年4月23日
第4回 執行機関か附属機関か~権限の集中を避ける多元主義~
2015年4月16日
第3回 学習指導要領と解説書~違いは法的拘束力の有無~
2015年4月9日
第2回 法令から見たノロウイルス対策~出席停止と臨時休業で拡大防止~
2015年4月2日
第1回 法令用語の微妙な使い分け-番外編-~「ものとする」「しなければならない」~
PDFサンプル版はこちら
(ファイルサイズ 約 2.5 MB)
12/12 更新
SSL グローバルサインのサイトシール

プライバシーポリシーよくあるご質問お問い合わせ